「買い占め」の心理-デマが広まった理由とは?-
投稿日: 2024年05月10日
2020年頃に新型コロナウィルス感染症が広がり始めた当時、マスクや消毒液が品薄になり皆が困ったことは記憶に新しいでしょう。そしてその際、トイレットペーパーなどの買い占めもおこりました。マスクや消毒液とは違って、トイレットペーパーなどの買い占めは偽情報がきっかけでしたが、なぜこのようなことが起こってしまったのでしょうか?買い占めの心理について考えてみましょう。
コロナ禍に起きたトイレットペーパーの買い占め騒動を振り返る
「新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」というニセ情報は、当時SNSで拡散されました。中国から原材料を輸入できなくなるからという理由が、まことしやかに発信されたことが影響していたようです。しかし、それは事実ではありませんでした。日本家庭紙工業会は、国内で流通するトイレットペーパー生産の中国依存度は、たった2.3%くらいなので、中国の影響で品薄にはならないことを発表しました。つまり、事実でないことが広がってしまったわけです。
このように、事実に反するうわさや流言飛語のことを「デマ」と呼びます。でも、トイレットペーパー騒ぎについては、当時メディアやネットで事実ではないことがくり返し発信されていましたが、それでもすぐには買い占め行為はなくなりませんでした。デマに対しては「事実」に目を向けることが解決策だと言われます。「ファクトチェック」という用語さえ普及しています。テレビで評論家は「冷静にふるまいましょう」といいますし、医療専門家は「科学的な根拠に目を向けてください」と力説していますが、それでも、デマが収まらないのはどうしてなのでしょう。
デマが収束しなかった理由とは
デマが収束しなかった理由、それは二つあると思われます。ひとつは、事実やエビデンスといった理性的・合理的なことよりも、気持ちや感情が勝ってしまうことが挙げられます。新型コロナウイルス感染症の場合もそうですし、それ以前にも「未曽有の台風が来る」という予想に、水や食料が店頭から不足したこともありました。古くは、「オイルショック」と呼ばれ、石油の輸入が滞ることで生活必需品がなくなってしまうといった風評から、トイレットペーパーなどが買い占められたこともありました。つまり、(好ましくないと予想される)未知のことに遭遇すると、私たちは不安、それも事実を捻じ曲げてしまうほどの強い不安に苛まれることがあるということです。
もう一つは、以前だとメディアやうわさ、最近ではSNSといった媒体を介して、不安(気持ちや感情)が個人レベルにとどまらず、多くの人に伝搬・共有されて拡がっていくこと。つまり、個人心理ではなく、集団心理が生まれるということです。ときに集団心理は、事実よりも強く、個人の気持ちや行為を支配してしまうことがあります。その結果、私一人だけが不安だと、不安であることが不確かで、どうしたらよいかわからないことも多々ありますが、集団心理となると、あたかも確かな事実のように感じられることも少なくありません。デマは「ホント」っぽいのが怖いところです。集団心理には不安を盲信・迷信といった誤った信念に人を迷わせてしまう一面があります。それを克服するような「リテラシー:正しい理解力や判断力」を身につけるには、相当の努力や研鑽が必要なのではないでしょうか。
<執筆者プロフィール>
井上 愛子(いのうえ・あいこ)
保健師・助産師・看護師・保育士。株式会社Mocosuku社員、産業保健(働く人の健康管理)のベテラン